手袋に見る震災の「多様」さ
防災教育、とか、震災伝承、などという言葉があります。被災した経験はつらいものですが、それを子供たちや将来に語り伝えようというものです。
私は現在でこそ、SVAさんはじめ門前を支える皆さん方と、片付けや足湯や配食などの手伝いに勤しんでいますが、元々の専門はどちらかというと「被災地における伝承(のための情報)」です。東日本での支援から、ある程度はいろいろ経験していて使い勝手がいいようで、現場で応援部隊のように走り回っていますが、実はそれは専門ではないので、今後落ち着いたら、歴史ある輪島・門前町で、文化や生業の復興と伝承のために、ちゃんと専門的にお役に立ちたいと思っています。
で、一口に「被災経験を将来に役だたせる」といっても、一筋縄ではいかないという例を、ひとつ。これまで私は日常的に「豚皮の手袋」を愛用し、腰にぶら下げたりと必ず身につけていました。これは東日本大震災の経験からでした。割れたガラス、尖った木材など、毎日のように片付けをしていたあのころ、豚皮の手袋は最強でした。軍手では怪我をしかねないですし、ゴム手袋はすぐに海の砂だらけになってしまいなかなか落ちません(津波の後は細かな砂埃が多いのです)。何かをするたびに常に手袋が必要な中で、切れず刺さらず、叩けば砂が落ちる豚皮の手袋は最強で、そのため「次に発災に直面したときに皮膚のように使えるように」手袋を肌身離さずにいましたし、門前でもそのつもりで大量に持ち込みました。
ところが現在、門前では、写真のように「ゴム手袋」をしています。実は能登では、豚皮の手袋はあまり役に立ちません。なぜなら、能登の天気は猫の目のように変わるからです。晴れていると思ったら天気雨。ちょっと曇ったと思ったら突然のアラレ、なんてことは日常茶飯事です。雪が積もった翌日はピーカン、半日で溶けてしまった、なんてことも普通でした。
豚皮の手袋の最大の弱点が、水です。濡れて乾くと皮はツルツルになってしまって、あれほど絶妙だったグリップが、まったく効かなくなります。門前での片付け作業中に、天候の急変のせいで、いくつ豚皮の手袋をダメにしたかわかりません。それに対して、ゴム手袋、特にシャンティさんが配布してくれた黒ゴム赤軍手は最強です。重い家具を持つ時はもちろん、ガラスも泥かきもタフにこなしてくれます。被災し停電した冷蔵庫の移動で、3ヶ月間放置されてヌルヌルになった内容物が漏れ出してきた時も、しっかりとグリップし続けてくれました(精神はその臭いに気絶寸前でしたが)。
(残念ながらですが)震災の数だけ、異なった被災地が、あります。先の被災地での経験が、そのまま次の被災に常に役立つことの方が少ない。想像が及ばないほどの危機を、私たちは「震災」と呼ぶのです。その、これまでと異なる「多様さ」をきちんと理解して、被災地支援が、そして防災教育が、本当にできるのか。むしろ過去の経験が役に立たない可能性を直視することのほうが、震災伝承には必要なのかもしれません。
活動報告 3月25日(月)
8:00 拠点・禅の里交流館をお掃除。尊敬する先輩にトイレの床掃除の仕方を教えてもらう。僧侶の掃除スキルはすごい。
9:00 案件がキャンセル。マニュアル軽トラ運転がなくなり、ちょっとホッとしたのは内緒だ。
9:30 ハビタット・カコさんの応援で深田へ。ゴム手袋で十分と思いきや、次々と案件が拡大。メット、安全靴、ヘッデン、バールと次々と要機材。1号車で来てよかった。
12:00 軽トラ荷台ドライブ。すれ違ったパトカーが手を振りかえす。これも被災地アルアル。
13:00 再びハビタット・カコさんの応援で黒島へ。土塀片付け。湿っていて土嚢が重い…。全身のバネを使って瓦礫置き場に積んでいく。古傷の手首が…。あと、喰いしばりすぎて歯が欠けた。13年ぶり2度目。


